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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4885号 判決 1964年1月16日

判   決

東京都世田谷区東玉川三番地

原告

香山金一郎

都大田区上池上町一、一二四番地

原告

東条とみ

右両名訴訟代理人弁護士

榊原卓郎

都大田区安方町三五五番地

被告

蓮沼交通株式会社

右代表者代表取締役

塩田普門子

右訴訟代理人弁護士

磯崎良誉

鎌田俊正

古川豊吉

金子光義

毛利秀之

右当事者間の昭和三七年(ワ)第四、八八五号損害賠償請求事件について次のとおり判決する。

主文

(1)  被告は、原告東条金一郎に対し金五〇〇、一二〇円、原告東条とみに対し金三五〇、一二〇円と右各金員に対する昭和三七年七月九日以降右支払済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

(2)  原告等のその余の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告等の平等負担とする。

(4)  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

一、原告等訴訟代理人は「(1)被告は、原告香山に対し金一、二二六、一九六円、原告東条に対し金一、一七〇、八五六円と右各金員に対する昭和三七年七月九日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。(2)訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、亡香山信子は、昭和三七年三月一五日午後九時二〇分頃東京都大田区雪ケ谷町一番地先中原街道を徒歩で横断中、訴外鈴木英太郎の運転する被告所有の事業用乗用自動車(車輛番号五を六、二四八、以下単に被告車という)に衝突され、よつて同月二十四日午前八時五分同区上池上一、三〇番地洗足病院において死亡した。

二、訴外鈴木は、被告会社の運転手で、本件事故当時被告会社のため被告車を運転中、本件事故を発生させたものであるから、被告会社は、自動車損害賠償保償法第三条の規定によりその損害を賠償すべき義務がある。

三、損害は、次のとおりである。

(一)  亡信子の損害

(1)  休業による損失

亡信子は、本件事故当時訴外株式会社山本電機製作所に勤務し、その平均日収は金四二四円であつたところ、同人は本件事故のため、事故当日から死亡の日まで九日間休業し、金三、八一六円の損害を蒙つた。

(2)  得べかりし利益の喪失による損害

亡信子の年間所得は、金一三〇、三八一円であつたところ、その生活費は年額金七二、〇〇〇円(月額金六、〇〇〇円)とするのが相当であるから、純収入は前記所得から右生活費及び所得税九八九円を控除した金五七、三九二円である。亡信子は死亡当時二九才でなお四三年の余命があると考えられるから、特別の事情のない限り、六五才まで前記のような職業に従事し、少くとも右程度の収益を挙げることができた筈であるから、右三六年間の純収入合計は金二、〇六六、一一二円となるが、これを一時に請求するのであるから、ホフマン式計算方法(単式)により中間利息年五分を控除すると、亡信子の得べかりし利益の総額は金七三七、八九七円となる。

(3)  慰藉料金六〇〇、〇〇〇円

亡信子は原告等の長女として生れ、小学校卒業後は家庭が貧困であつたため、工員として二、三の会社に勤務し、本件事故により死亡するまで家庭を助けて来た。同人が一九才のとき父母は事情あつて離婚したが、その後は四名の妹達と共に父と生活を共にし、母に代つて妹達の面倒を見、且女工として働き続けその労苦は測り難いものがあつた。そのために亡信子は婚期を逸したが昭和三五年頃から訴外箕輪慶一と知るようになり、ようやく昭和三七年四月一五日に同人と結婚式を挙げることになつていた。従つて本件事故による亡信子の精神的苦痛は筆舌に尽せないものがあるからその慰藉料は金六〇〇、〇〇〇円が相当である。

(二)  原告等の損害

(1)  葬式費用 金五五、三四〇円

原告香山金一郎は亡信子の葬儀費用として金五五、三四〇円を支払つたから本件事故により同額の損害を蒙つた。

(2)  慰藉料 各金五〇〇、〇〇〇円

原告等には五女があつたが、亡信子は長女で、原告等が離婚したため特に苦労をさせたので格別の愛情を寄せていた関係から同女が前記箕輪と結婚するのを喜んでいた。原告等は、離婚し別居していたが、亡信子を愛しこれに期待していた心には変りなく、両名とも老令のため働くことが困難となつたので将来は亡信子夫婦と共に生活し、その扶養を受けることを期待し最近原告香山はこの点につき、右箕輪からその承諾を得たばかりであつた。以上の諸点から原告両名の慰藉料は各金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

四、原告等は、亡信子の唯一の相続人として、前項(一)の亡信子の損害賠償債権合計金一、三四一、七一三円の各二分の一すなわち各金六七〇、八五六円を相続によつて取得した。よつて原告等は被告に対し、右(一)、(二)の合計すなわち原告香山は金一、二二六、一九六円、原告東条は金一、一七〇、八五六円及び各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和三七年七月九日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による金員の支払を求める、

と述べ、

被告の抗弁事実に対し次のとおり述べた。

一、抗弁事実(一)の中(1)の事実は否認する。本件事故は後述するように訴外鈴木の過失によるものである、同(2)及び(3)の事実はいずれも知らない。(二)及び(三)の事実はいずれも否認する、(四)の中(1)の葬式費用として金五六、三五〇円を受領したことは認めるが、原告が本訴で請求する金額は、被告が負担した外に支出した分である、同(2)の金五〇、〇〇〇円を受領した事実は認めるが、慰藉料としてではなく雑費として受領したものである、同(3)の原告等が自動車損害賠償責任保険により金四七七、三六八円の支払を受けたことは認める。

二、本件事故は、専ら訴外鈴木の過失により発生したものであつて亡信子に過失はない。すなわち、本件事故現場附近は横断歩道から七〇米以上も離れ、横断禁止の場所ではないので、五反田方向約七〇米の附近にある信号が赤となつたこと及び丸子橋方面から進行する車輛のないことを確めてから横断をはじめ、中心線まで進んだところ、前記信号が青になり五反田方向から自動車が進行して来たので、右中心線上で佇立して通行車の切れ目を待つていたところ、訴外鈴木は、亡信子を二〇米手前から発見しながら前方注視、減速徐行、警音器吹鳴等事故を防止するための措置を採らず、亡信子等に接近して進行した結果、本件事故が発生したものである。

被告訴訟代理人は「(1)原告等の請求を棄却する。(2)訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め、請求原因事実に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

一、請求原因事実中第一項の事実は認める、第二項中訴外鈴木が被告会社の運転手であつて、本件事故当時被告会社の業務に従事していたことは認めるが、被告に損害賠償の義務があるとする原告等の主張は否認する、第三項(一)の事実は不知、損害の額を争う、(二)の損害の中葬式費用金五五、三四〇円は認めるが慰藉料の額を争う、その余の事実は不知、第四項の事実は争う。

二、抗弁

(一)  免責要件

(1)  本件事故は、訴外箕輪及び亡信子の過失によつて発生したものであつて、訴外鈴木には過失がない。

訴外鈴木は、本件事故現場附近を丸子橋方面から五反田方面に向い、時速約三七粁の速度で中央線の約五〇糎内側を進行して来たところ、約三〇米前方に亡信子及び訴外箕輪の二人連が進行方向左から右に横断する態勢で中央線より稍反対側に立止つているのを発見したので警笛を吹鳴しながらエンヂンブレーキをかけ、制動踏台の上に足を置き、更に亡信子等の位置から六、七米手前でフツトブレーキをかけ、時速約二〇粁の速度で徐行して進行した。ところが前方横断歩道で停止信号のため停止していた対向車が発進すべく一斉にライトを点灯したため、亡信子等は警愕し、訴外箕輪が亡信子を庇い、右手でおしつけるようにして前記中央線を越えて後退した。この時すでに被告車はその約四米手前まで進行していたので、急制動措置を採つたが間に合わず、被告車の前部を亡信子等に衝突させるに至つたものである。一方亡信子等は附近に横断歩道があるにも拘らず横断歩道でないしかも自動車の交通量の多い本件事故現場附近を横断しようとしたばかりでなく、当時対向車は、停止していたのであるから容易に横断できたにも拘らず、点灯したライトに驚いて突然後退したため、本件事故が発生したものである。

(2)  被告は運行に関して注意を怠らなかつた。被告は訴外鈴木を雇入れるに際し事故歴のないことを確認しており、運転にあたつては訴外鈴木はもとより当日の出番者全員の健康状況を調べた上、当日の天候、都内の交通規制等の運転に関する注意事項を周知徹底させた上、就業させるのであつて、本件事故当日ももとより右のような注意を怠らなかつた。

(3)  被告車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

(二)  以上いずれも認められないとしても、亡信子は前記のように横断歩道でない場所を横断しようとし、且、横断することができるのに対向車のライトに驚いて被告車の進路に後退した過失があるから、損害額の算定についてはこれをしんしやくすべきである。

(三)  仮りに右主張が認められないとしても、被告会社と原告等との間で、昭和三七年五月中旬頃、当時すでに被告会社において負担支出した合計金三〇七、八三四円を含め、総額七〇〇、〇〇〇円で一切の問題を解決する旨の示談が成立した。

(四)  仮りに本件事故について被告会社に損害賠償の義務があるとしても、被告会社は次のとおりその一部を弁済し、且原告香山は、自動車損害賠償責任保険による保険金の支払を受けたから右の限度で原告等の請求は棄却されるべきである。

(1)  葬式費用 金五六、三五〇円

被告会社は、昭和三七年三月下旬頃原告香山に対し同原告が東調布合同葬祭株式会社に対して支払つた前記金額の葬式費用を弁済した。

(2)  被告会社は原告香山に対し、昭和三七年三月二四日、金三五、〇〇〇円、翌二五日金一五、〇〇〇円合計金五〇、〇〇〇円を本件事故による右原告の精神的損害に対する慰藉料として支払つた。

(3)  原告香山は、昭和三七年一二月二九日、日動火災海上保険株式会社から自動車損害賠償責任保険により金四七七、三六八円の支払を受けた。

立証(省略)

理由

一、原告等の請求原因中第一項の事実(本件事故の発生及び亡信子死亡の事実)は当事者間に争いがない。

二、訴外鈴木が被告の運転手であつて、本件事故当時、被告車を運転して被告の業務に従事していたことは当事者間に争いがないから、被告は、自動車損害賠償保障法第三条の規定により、同条所定の免責要件を主張立証しない限り、亡信子の死亡によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、免責要件の主張に対する判断

被告は自動車損害賠償保障法第三条所定の免責要件を主張するので、まず訴外鈴木の過失について判断する。

(証拠―省略)を総合すると、次のような事実を認定することができる。

(一)  本件事故現場は五反田方面から丸子橋方面に通ずる車道幅員一六、六米のコンクリート舗装道路で、その外側に幅員各四、二米の歩道があり、現場附近はほぼ直線であつて、見透しを妨げる何ものもなかつたこと、現場から約七〇米五反田寄りに洗足池交差点があること及び本件事故現場附近は自動車等の交通がひんぱんで、本件事故当時も数台の自動車が被告車に後続し、対向する数台の自動車があつたこと。

(二)  訴外鈴木は、本件事故当日被告車を運転して右道路を丸子橋方面から五反田方面に向い、時速約三七、八粁の速度でセンターラインに沿つて進行中、前方約二〇米のセンターライン附近にいたつて、初めて道路を左から右に横断中の亡信子及び訴外箕輪慶一の二人連を認めたが、同人等がそのまま横断するものと考え、前記速度のままその傍を通過しようとしたところ、亡信子等が対向車のヘツドライトに狼狽して若干後退したのを前方約一〇米の地点で認め、直ちに急停車の措置を採つたが及ばず、被告車の右前部で亡信子等をはね飛ばし、頭蓋内損傷等の傷害を与え、よつて前認定のように亡信子を死亡させるに至つたものであること。

(中略)外にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

自動車運転者はつねに前方及び左右を注視し、自己の進行方向に通行人を認めた場合は状況に応じ、直ちに適切な処置を採るべき義務があることはいうまでもないところであるとともに、殊に夜間道路中央線に沿つて進行する自動車運転者が、自己の通行方向の中央線附近を左から右に横断中の歩行者を認めた場合は、右歩行者が対向車のライトに狼狽して後退することのあることは予想し得るところであるから直ちに減速徐行するとともに警笛を吹鳴し、可能な限り歩行者との間隔を保ち、必要な場合は直ちに急停車の措置を採る等事故の発生を未然に防止すべき義務がある。然るに前認定のように、見透しを妨げる何ものもない直線道路であつたにもかかわらず、訴外鈴木が亡信子等を発見したのはようやく二〇米くらい手前にすぎず、しかも亡信子等を発見しながら同人等の傍を無事通過し得るものと考え、瞬時の間とはいえそのまま進行したのは右の注意義務を欠いたものといわなくてはならない。そして訴外鈴木が亡信子等を更に手前で発見し直ちに前記のような措置を採つたならば本件事故の発生を避け得たものと認められるから、その際における亡信子の過失は暫く措き、訴外鈴木の右過失が少くとも本件事故の一因をなしたものということができる。そうしてみると被告の主張する免責要件のうちその余の点については判断するまでもなく被告は、本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

四、損害

(一)  亡信子の損害

(1)  休業による損害

(証拠―省略)によると、亡信子は、本件事故当時訴外株式会社山本電機製作所に勤務し、金一三〇、三八一円を下らない年所得を挙げていたことを認めることができ、亡信子が本件事故の翌日から死亡の日まで九日間休業せざるを得なかつたこと従つてこの間の給与相当額の損失を蒙つたことは、第一項の争いない事実及び弁論の全趣旨によりこれを認定し得るところ、亡信子の年所得額を年間日数で除した額に右休業日数を乗じて得た額が金三、二一五円であることは計算上明らかであるから、亡信子は、本件事故により右金額の損失を蒙つたものということができる。

(2)  得べかりし利益の喪失による損害

原告等が亡信子の生活費として主張する年額金七二、〇〇〇円(月額金六、〇〇〇円)は、亡信子の収入、(証拠―省略)によつて認め得る同人の年令(二九才)及び後記(3)に認定の家庭環境等によるを相当というべきであるから、前記年所得から右生活費年額を控除した残額金五八、三八一円がその純収入年額である。そして厚生省発表の第一〇回生命表によると満二九才の女子の平均余命は四四、一五年であるから、亡信子は満六〇才迄少くとも前記収入を挙げ得たものと認められるから、亡信子は、本件事故により前記純収入年額に残存稼動年数三一を乗じて得た金一、八〇九、八一一円の得べかりし利益を喪失したものということができるところ、原告主張のホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して一時に請求する金額に換算すると金七〇九、七三〇円となる。

ところで本件事故に関する前項認定事実によると、本件事故現場附近は自動車の交通が激しく、且夜間のことであつたから、横断歩道でない本件事故現場附近を横断するに際しては、細心の注意を払うべく、殊に道路中心線附近では左方に対する注意はもとより、右方に対する注意をも怠るべきではない。然るに前認定の事実によると亡信子等は右方から進行して来る被告車に全く気付かず、左方から進行して来る自動車のライトに眩惑され、反射的に後退したため本件事故が発生したものということができる。従つて亡信子の右のような過失をしんしやくすると、亡信子の前記(1)、(2)の損害合計金七一二、九四五円の中、被告の負担すべき額は金三五六、四七三円を以つて相当と認める。

(3)  亡信子の慰藉料

前認定の亡信子の年令及び職業(証拠―省略)によつて認る得る亡信子が原告等の長女で、小学校を卒業し、昭和二六年に父母が離婚したため、母に代り父である原告香山及び四人の妹達の世話をしてきたところ、ようやく良縁を得て近く挙式の予定であつたこと及び前認定の本件事故の態様、双方の過失の程度及び諸般の事情をしんしやくすると、亡信子に対する慰藉料は金五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

前掲(書証―省略)によると原告等は、亡信子の唯一の相続人であることが認められるので、亡信子の前記(1)乃至(3)の合計金八五六、四七三円の損害賠償債権の各二分の一すなわち金四二八、二三七円を相続によつて取得したことが明らかである。

(二)  原告等の損害

(1)  葬式費用

(証拠―省略)によると、原告香山は亡信子の葬式費用として金四二、二七〇円を支出したことを認めることができる。原告は葬式費用として合計金五五、三四〇円を支出したと主張するけれども、右認定の額を越える分についてはこれを認めるに足りる証拠がない。なお被告は、原告香山の支出した葬式費用として金五六、三五〇円を同原告に支払つたと主張するが、(証拠―省略)を対照すると、本件被害者香山信子の葬式費用として被告会社が訴外東調布合同葬祭株式会社に対して支払つた右金五六、三五〇円とは別に前記金四二、二七〇円を支出したことを認めることができるので、被告のこの主張は採用しない。

よつて原告香山は金四二、二七〇円の損害を蒙つたところこれについても亡信子の前記過失を考慮し、右金額の中被告の負担すべき額は金二一、一三五円を以つて相当と認める。

(2)  慰藉料

原告等は亡信子の父母であるから、亡信子の死亡により精神的打撃を受けたであろうことは推察するに難くない。よつて右事実に前記(証拠―省略)によつて認め得る原告等の年令(原告香山は明治三四年二月一一日生、原告東条は明治四二年八月一八日生)、職業(原告香山は旋盤工、原告東条は家政婦)、及び前認定の家庭の状況(亡信子の外四人の女子があり、原告等は昭和二六年に離婚し別居していること、四人の子供は父方に引取られていること)、当事者間に争いのない被告が葬儀費用の一部として前記訴外葬祭会社に金五六、三五〇円を支払い、本件事故による損害の賠償金の一部として金六〇、〇〇〇円(被告は内金五〇、〇〇〇円を慰藉料として交付したと主張するが、その趣旨が特に慰藉料であることはこれを認めるに足りる証拠がない)を原告香山に支払つた事実、(証拠―省略)によつて認め得る被告が亡信子の入院治療費一九〇、五三四円を支払つた事実、(証拠―省略)弁論の趣旨によつて認めることができる被告会社及び被告会社従業員からそれぞれ二、〇〇〇円相当の正花を被害者の霊前に供えた事実及び前認定の本件事故の態様と双方の過失等をしんしやくすると、原告等の精神的打撃に対する慰藉料は原告香山について金三〇〇、〇〇〇円、原告東条について金一五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

そうすると原告香山は(一)の相続によつて取得した債権金四二八、二三七円、(二)の葬式費用金二一、一三五円、慰藉料金三〇〇、〇〇〇円の合計金七四九、三七二円、原告東条は(一)の金四二八、二三七円、(二)の慰藉料金一五〇、〇〇〇円の合計金五七八、二三七円の損害賠償債権を取得したことが明らかであるが、原告等が自動車損害賠償責任保険により金四七七、三六八円の支払を受けたことは原告等の自認するところであるから、これを原告等の前記債権額から控除すべきところ、右責任保険金は、特別の事情のない本件ではまず葬式費用にこれを充当し、その残額を得べかりし利益及び慰藉料に充当する趣旨で交付され、原告等において受領したものと解すべく、又右に得べかりし利益及び慰藉料に充当されるべき金額は原告等の請求に従い、各自が平等の割合で弁済を受けたものと認むべきである。そうすると原告香山の借権額から控除すべき金額は金二四九、二五二円、原告東条の債権額から控除すべき金額は金二二八、一一七円であるから、その残額はそれぞれ原告香山の分が金五〇〇、一二〇円、原告東条の分が金三五〇、一二〇円となる。

五、次に被告は原、被告間に示談が成立したと主張するので以下この点について判断する。(証拠―省略)を総合すると、昭和三七年五月頃原告香山から本件事故による損害賠償の請求について交渉を依頼された訴外市川進と被告会社の営業課長中川善男との間で交渉の結果、治療費を除き、被告が支払つた分を含め総額金七〇万円を支払う案が被告側から提出され、双方とも更に検討のため二、三日の猶予期間を設けたところ、右の猶予期間を数日過ぎた頃、原告側からこれを断つたため、示談が成立するに至らなかつたことを認めることができる。外に被告のこの主張を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、この点に関する被告の主張は採用しない。

六、そうすると、原告等の本訴請求中、原告香山は金五〇〇、一二〇円、原告東条が金三五〇、一二〇円及び右各金員に対する本件訴外送達の翌日であることが記録上明らから昭和三七年七月九日以降右支払済に至るまでの民事法定利率五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文の各規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判長裁判官 小 川 善 吉

裁判官 吉 野   衛

裁判官 茅 沼 英 一

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